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■■2005/12/22-2006/2/15■■

■2006/2/15

 見えない敵と戦っております。現在劣勢です。まずいです。お鼻真っ赤です。

■2006/2/13

 冬季オリンピックが始まったらしい。らしいというのは、普段テレビのお笑い番組しか見ないので、はっきりしない部分があるからなんだが、まあ、(オリンピックの時にしか見ることのない)カーリングの映像を見たから間違いないだろう。以前(つまりは4年前に)『直接相手にちょっかいを出さないスポーツばかりなので冬季オリンピックは、いまいちやねん。だから雪合戦をオリンピックに』などと書きましたが、それがどうしたという感じですね。

■2006/2/12

 今日も吹く。よし、なんとかなってきた感じ。で、楽器を修理に出すので、今週はもう吹けない。つまりまた戻ってしまう可能性大なので、なんだか無間地獄にはまっているような気がしてくらくらする。

■2006/2/11

 昨晩の失敗を踏まえて、ひたすら吹く。3時間ぐらい吹き続けて、なんだか感触つかめたような気がしてきた。夜は名古屋に行く予定にしていたのだが、疲れたのでやめにする。

■2006/2/10

 おとぎ草子のセッションに行く。行こうか止めようかかなり迷ったが、迷ったら行くべきと思い出かけた。が、演奏はぼろぼろで、最低。いろいろと自分に腹が立つが、それを表に出してはいけないと思うのだが、何かぽろぽろ出てしまったかもしれない。基本的な能力が無いのだから、人前で演奏する時には、可能な限りウォーミングアップをするなりなんなりしておかなければいけないって決めていたはずなのに、最近ほめられたりしていい気になっていて油断していましたね。

■2006/2/9

 自宅で昼飯食いながらテレビを付けたら、ちょうどグラミー賞の中継で A Song For You / Herbie Hancock Featuring Christina Aguilera をやっていたので、(グラミー賞とか興味ないのだけど)もぐもぐしながら少し見る。歌の伴奏でこんなピアノを弾いても怒られないのはHerbieだからだよね。普通、ありえないっしょ。

 青山ばんどの練習。新曲を中心にあれやこれや。新曲をみんなでいじっていて、ある時ふっと手になじんだ感じになるのが素敵である。次のライブまでに後2曲は欲しいな。がんばろうと思う。

■2006/2/5

 静岡の街をうろうろとする。コレジャナイロボをチェックしたくてCIELO AZULに行ったのだが現物無くてちょっとがっくし。自爆ボタンは想像していたのより小さいかったなあ。とりあえず野望ポスターでも買って帰ろうかと思ったが、貼る場所も思いつかず断念する。姪が(順調にいけば)今春大学生となるのだが、入学祝いにコレジャナイロボを上げたら顰蹙だろうか。(あたりまえだ)

■2006/2/4

 ケルンのセッションに行く。人少なし。最初、指がまわらなくて泣きそうになる。が、そのうちどうでも良くなってしまう。若林さんの今月のライブにも参加することが決定。2月25日(土)ですね。

■2006/2/1

 実は充足感とか達成感というのは、一定の負荷とその解消による脳内で生成される快感であったりするので、実際に何かが出来たかどうかという事実とは直接は関係しない。しょもない会議にかぎってだらだらと長くなるのは、そのせいだ。会議をコントロールしている人間に一定の快感が得られるまでだらだらと続く。まあ、こういった話はある種のトンデモ系と思っていただいてもかまわない。全然平気。で、音楽やスポーツの世界でも同じ話しは山盛りある。へとへとになるまで千本ノックとかね。『なんだかわからないが、ひたすらウサギ跳びを続けていたら魔球を編み出して大活躍』みたいな事は現実にはありえないのだから。

■2006/1/31

 花粉の気配におびえる今日この頃。

■2006/1/29

 昼間は例によってアブで楽器を吹いたのだが、ちょっとまた悩む。最近吹き方を変えた結果、すかっとした音になったのだが、高音域で音が硬くなりすぎるきらいがある事と、ピッチの取り方がまだなじめない。

 夜はバンドナイトを見に行く。久しぶりのおっさん三人組の「泉の広場」で楽しい。でも「昔のあなたじゃないのね」感もひしひしと感じてちょっと寂しい。ところで、この日出演した他のバンドを見て思ったのだが、その人たちの演奏は下手か上手かと言えばまあ下手な演奏だったのだが、それ以上になんといいますか、オリジナルの演奏(彼らはコピーバンドだったんだが)に対するリスペクトというか愛情という、そういった物が彼らには足りないんじゃないのかって思った。たとえば、簡単(しかし印象的)なリフがずれてしまい、でもそれを気にしていないあたりなどに、そういった物を感じたよ。

■2006/1/28

 富士のケルンで若林さんのバックでの演奏。2回目なので、ちょっと油断があったかもしれない。昼(小学校の先生のなにかのミーティングのナニでの演奏)と夜(通常のライブ)の2回の演奏で、ちょっと疲れてしまったという事かもしれない。とにかく、曲が把握しきれていない状態での演奏になってしまい、ミスが多かったにゃー。とはいえ、お客さんには喜んでもらえたような感じなので、知らんぷりである。なに、多少のミス吹き飛ばす何かがあったという事でしょうと楽観的。来月もやる事になったので、次回はもっと良い演奏を。

■2006/1/25

 連日ライブドア関連(というか堀江氏関連)のニュースがやたらと流されるのは、それまでマスコミの連中が『時代の寵児』と持ち上げていた事に対する照れ隠し(?)なのかもしれないと、ぼんやり思いました。やたらと言い訳する奴には、何か後ろめたい気持ちがあるという話です。

 今年の抱負はなんとなく決まりそうな感じです。そろそろ二月だねという声にもめげず。

■2006/1/19

 よくあるゲームというかネタで、うろ覚えの物の絵を描くってのがあるじゃないですか。たとえば、いきなり紙と鉛筆を渡されて「ミッキーマウスを描いてごらん」と言われて描いてみると、なんだか得体の知れない生物の絵がそこに出現してわっはっはみたいな奴。見れば違う事はわかるし、本物を見れば「ああ、これこれそうそう」と合点がいってしまうのだが、でもやっぱり描けない。『記憶』という物のはなかなか不思議なもので、写真をとるように保存されているわけでは無い。まあ、だからこそポーズが変わったり、顔の向きが変わったり、そんなあれこれでもちゃんと同一物と認識できる素敵な仕組みになっているのだろうと思う。

 たぶん、形を認識する仕組みと、形を再現する仕組みはまったく別の脳の活動なんだろう。そして形を認識する仕組みは無意識レベルで行われるが、再現する時には(一般人は)意識レベルで行っているのだと、そう思う。もちろん訓練によって似たような絵を描くことができるようになるのだが、それは写真のように覚えるのではなくて、その解析再現用のデータが記憶され、描くときにはそれが呼び出されるという事のようだ。つまり描けるようになったという事は、すでにその画像を見たときに、しかるべき解析手続が行われるという事なので、えー、つまり、描ける人と描けない人は違った手続きでミッキーマウスを見る事になる。無意識レベルで。

 たとえば自動車や家電製品の(見た目という意味での)デザインなんか、素人の10人中8人くらいまでが「カコワルイ…」と思うような物が、まあいろんな事情があるのかもしれんが、出荷される。これがアートと称される世界の物であれば、いろんな言い訳解説が可能なんだろうが、こと大衆向けの商品という事であれば、それはなりたたない。デザインを勉強したプロの皆さんが作る物がそんな事になってしまう原因の一つは上に書いたような事にあるのかしらと思う。造る事の難しさの一つのポイントであろうかと、ソファの上でうつらうつらしながら夢想する。

■2006/1/18

 あいかわらず、セッションに参加したりライブを見に行ったりという日々ですが、なんだかあまり進展がないので、いちいち記述する気力がありません。海外でばたばたしている、いらちな知人がゴルフを始めたというのを彼のBLOGで読んだので、これはひとつ皮肉なコメントをプレゼントしてやろうとしたら、なぜか投稿できません。ちっ。今年の抱負はあいからずまとまりません。コーチングの基本の一つに「目標は具体的に。到達度が確認できる物を」というのがあります(適当に書いてますので信じないように)ので、セルフコーチングという観点からも、ここは具体的な目標を掲げたい物ではありますが、思いついた物がどれもこれも大変そうなので躊躇しております。

■2006/1/12

 なにやらサンフランシスコの方面で発表がありましたが、なんですな、話題性としてはCPUが新しくなったMacなんでしょうが、本当に重要なのはソフトウェア関係でしょう。誰でも情報発信できまっせという、なんともいまさらのようなメッセージがテンプレート+ふにゃららキャストてんこ盛りでみたいな。誰でも情報発信といったお題目は、ここ十年くらいの間ずうっと言われてきてたけど、ここに来て本当に実現しそうな勢いですよ。さらに、パンピーには真のクリエイトなどできないから、その雰囲気をたっぷりお手軽に味わっていただければそれで良いじゃん、的な割り切りみたいな物を感じて(皮肉な意味で)素敵です。合コンで「オレ、物まね得意」と言い放ち本職の物まね芸人の劣化コピーで人気者という図式が、インターネット上にばらまかれるような、そんな印象。そういった塗り絵がきれいに塗れました的なデータは、ネット上に放り出されただけで、誰も拾わないゴミとなって堆積していくわけだが、ゴミの集積から何かしらを作り出す頭の良い人が出てくるんだろうな。ほら、何かのワードでぐぐった時に、何件ヒットするかで人気度を測るなんてのは、その一番簡単な例でありましょう。何が書かれているかなんてどうでも良い。と、わりとうんざりしつつも、.macに入会しようかと考え中なオレ。

 ところで、みなさんはWeb2.0と宣言する事はWeb2.0的ではないとうメタ矛盾に感じませんか。どうでも良いですか。

■2006/1/9

 去年の抱負は『謙虚になる』だったかと思うが、ま、あれだ、適当に書いたもんだから、てんでダメだな。達成率0%だ。今年の抱負は適当に書いておこうかと思ったが、それではいくらなんでも進歩無しなので、熟考の上、後日デラックスな奴を一つ。

■2006/1/1

 別にめでたかねえな、と毎年思う。

■2005/12/30

 名古屋のメリーポピンズのセッションにでかける。今年の吹き収めとしては、まあ良かったんではないでしょうか。

■2005/12/29

 堕落の日。使い物にならず。

■2005/12/28

 バンドナイト忘年会。他人がやるのを見ているばかりではつまりないので、なんとかねじ込んだ感じ。ま、やらんでも良かった風味でしたが、オレ的には「いつもよりたくさん吹いております」というそれがそれでよきにはからえであります。それはそれとしてなんだかんだで『良い歌』に勝る者無しを改めて実感しました。

■2005/12/27

 『間』の話ですが、ちょっと違っていたかもしれません。どう違っているのかは、面倒なので書きません。

■2005/12/26

 M1グランプリですか。なんか誰も指摘していないような気がするので、書いてみるのですが、明暗を分けた一つの要因としては会話の『間』があったと思います。適切な『間』が無いと、見ている方はリアルな会話として認識できません。うまくいかなかった典型が品川庄司で、かなり練習した感じはあったけど、たぶんそれが逆に災いして間をとれなくて、キレている感触が客に伝わってこない。すべっていたと。もし、最初はもっと会話の間隔を開けて、だんだんヒートアップしていくにしたがって間を詰めていくような事をしていたら、全然印象が違ったと思う。本当に会話している場合、相手の話を(無意識レベルではあるが)解釈するタイムラグがある。台本がある場合、相手の話を聞かなくても、もう「知ってしまっている」ので、タイムラグが必要無くなる。練習してあればあるほどタイムラグは必要なくなってしまう。その結果、客からは会話しているようには見えなくなってしまうので、意識して適切なタイムラグを作る必要がある。その点、ブラックマヨネーズはうまかったと思う。相方の話を聞いている『間』がちゃんとあったので、客に『会話』が見えた。本当に心配しているのかと思えた。それが勝因の一つだと思う。

 「間を取る=相手の話を聞いている」「間を取らない=相手の話を聞いていない」というのが原則だ考えて良いと思う。つまり間を取らない効果という物もあるわけで、その代表が(M1から話しはずれますが)昭和のいるこいるだと思う。相方が話し終わらないうちに「はいはいはい」と応える事によって相方の話をろくに聞かずに適当に相づちを打っている感で笑いをとっている。そして、オリエンタルラジオがブレイクできた原因の一つは、すべての台詞をリズムに乗せて喋ったって事もあるでしょう。通常の会話形式では、経験の浅い彼らは上図に間が取れたとは思えない。リズムに乗せることによって、客が『間』を意識する事がなく、ネタ部分のみに意識を向けさせる事ができているって感じ。これってCGやロボットで、へたに人間に似せるとかなり気持ち悪くなってしまうので、カリカチュアして作る事によって気持ち悪さを回避するみたいな話しと根っこは同じって気がする。

 音楽するにも同じような部分はあるのだろうと思うのだが、いかがでありましょうか。

■2005/12/24

 あああ、塊魂おもすれー。

■2005/12/23

 あああ、塊魂おもすれー。

■2005/12/22

 ええ、空港に着いた時は晴れていたんです。「良かった、良かった」といいながら搭乗手続すませて呑気に待っていたんです。そしたら「滑走路凍結のため云々」言いやがるんです。で、まあ鷹揚にかまえて待っていたら、なんて事でしょう、どんどん空は暗くなってきて、雪が降ってきたではありませんか。ああ、降るなんてもんじゃないです。吹雪です、吹雪。結局何時間も待ったあげくに欠航が決まりましたが、今度は荷物が出てこないときたもんだ。セントレア内をうろうろしつつ数時間待ってやっと荷物を引き取って、さてどうしたものかと思ったら、今度は帰りのバスが無くなりそうになる。という事でバスに乗って浜松へ帰るが、当然高速道路は閉鎖されているので、一般道をのろのろと。雪が降ってくるのが後1時間遅ければ、今頃「やっぱー沖縄は暖かいねー。ひゃっほう」となっていたはずなのに。というわけで、このやり場のない怒りをぶつけるべく『みんな大好き塊魂』を買って帰る。

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